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「田植え」   

田植えは、例年5月10日頃から始めていたが、今年は3月31日に種まきを始め、田植えを5月1日に予定していた。種まき後、晴天が続き苗の成長も順調なので、田植えを4月28日にした。
4月中に田植えをするのは、秋田県でも1番である。

田植えは1日に5ha植えるが、雨や風の日は休むので、終了するのは5月10日頃になる。
温暖化により早植えは夏の高温障害を受けやすいので、JAでは田植えを遅くするよう指導をしている。そのためか、他の農家の方々は5月15日頃から25日頃に田植えをする予定である。
どちらが良いかはその年の天候の具合で変わるからわからない。

今年初めて早植えを試み、3月の中旬からプラウ耕をした。その後、晴天が1ヶ月も続いたため、レーザー利用の田圃の整地はとてもうまくいった。
昨年は春先に長雨があったため、レーザーの整地ができず困った。

今年の田植えの結果は分からないが、経験からすると、田圃の耕耘・整地作業は早く行った方が余裕があり結果も良い。

by a-wakui | 2008-04-30 17:46

「事業の面白さ」   

田植え中と連休中ではあるが、5月中旬の野菜発送開始に向けて準備を進めなければならない。
何事も準備万端で進めたとしても、最初は思うようにはいかないものだ。
しかし、その苦労を1つひとつ解消していくことに、事業の面白さがある。その過程が難しければ難しい程、達成感が高い。

田圃でトラクターに乗り代かきをする、田植機に乗り田植えをする。その間中、野菜事業の計画を練り、米事業の計画を練る。田植えをしながら米の販売を考え、野菜の販売を考える。米の販売や野菜の販売を考えながら、田植えのことを考える。

よく頭がおかしくならないものだ。もしかしたらもうおかしくなっているのかもしれない。そんなこと
をふと思ったりする忙しい日々である。
何十年も忙しい日々を過ごしていると、それが当たり前にもなる。

by a-wakui | 2008-04-29 13:51

「新しい農業の姿の創造」   

農業者が意欲を持てる農業の姿を造るには、どうしたら良いのか。消費者が安心して生活できるような農産物を安定して提供できるようにするにはどうしたら良いのか。

私は米に取り組んできたシステムを野菜に活かすことにより、新しい農業の姿の創造にもう1度近づこうと考え、今年をその実践の年と考えている。
消費者に1年間を通して安全な野菜をお届けするには、生産基盤が確立していなければならない。そして、協会に野菜の安全確認をするシステムが構築されていなければならない。また、その情報が消費者に伝わるシステムが構築されていなければならない。

協会では、数ヶ月前より野菜事業の取り組みを決め、準備を進めてきた。そのため、5月中旬を最初の発送日と決めて、様々な体制を考えている。
米の加工食品を出すのとは違い、野菜に取り組むには本格的な準備をしなければならない。
今日は、田植えの初日である。

by a-wakui | 2008-04-28 08:51

「米の需給バランス」   

米を減らすために、40年間減反政策をすすめてきた。減反政策も、始めた当初は緊急避難政策であり数年でやめる予定であったが、それが40年も続き、いまだ継続中である。
今問題になっている、ガソリンの暫定税率みたいなものだ。

米の需給バランスは、消費が増えるか生産が減るかだが、1人当たりの消費は年々減り続け、その上人口も減り続けるので、消費が増える要素はない。
4月22日の新聞では、政府は50年後には労働力が2400万人減少すると発表した。その時の人口がどうなっているのかわからないが、労働人口が2400万人減るということは、当然米の消費も減ることになる。
もっと深刻な問題は、農業者の営農意欲の減少により、供給力が維持できなくなることである。

政府は40年間、米の需給バランスに苦しんできた。しかし今度は、10年以内に米が不足するという需給バランスに苦しむ時代が始まり、再び米が余るという時代は訪れないことになるのではないのか。

by a-wakui | 2008-04-27 09:33

「干拓地での畑作」   

昭和45年に大潟村に入植以来、様々な作物に取り組み、米以外の畑作は皆失敗した。大潟村は干拓地のため、地下水位が高く常に湿害の影響を受け続けてきた。

干拓地である大潟村では、米づくりができるようにするための排水対策は行われてきたが、畑作をするための土地改良工事は、米づくりのための工事の十倍もの費用がかかるためできないでいる。
農作物は、地下水位が低く水が少ない所で畑作が発展し、地下水位が高く乾きにくい所で米づくりが発展してきた。

畑作も米づくりも、農作業がしやすいように道路を造り、用排水路を造り、1枚の面積を大きくするための工事は進めてきたが、水田を耕作用に変える工事は基本的には行ってこなかった。
日本人にとって、田はとても貴重なため、雑種地を畑に、畑を田にするのはとても簡単であるが、田を畑に、畑を雑種地にすることは農業委員会の許可が必要である。
まして水田を農業以外に利用するには、とても厳しい条件が必要になる。減反政策により、奨励金を出して水田を畑にすることは、とてももったいない土地の利用方法である。

by a-wakui | 2008-04-26 10:13

「下がり続ける自給率」   

地球温暖化問題と同じように、日本の農業問題、いわゆる日本人の食の問題は、これからも現在の状況が続き、自給率は限りなく1桁に近づいていくのではないか。

数百万人の人口が関わる農業も、継続できなくなる。農業というものは、用水路・排水路・農道などが共同管理のため、単独で継続することが難しい産業であるから、仕方のないことである。
日本の食を生産する構造が崩壊のせとぎわに立たされている時に、どうしたら消費者にとっても安心でき、生産者にとっても安心できる農業の姿を創造できるのだろうか。
そのことができるのであれば、日本農業の大きな流れを少しでも緩やかに、そして新しい流れに変えることが出来るのではないか。

その姿とは、現在の農業の延長なのか、それとも全く新しい姿なのか、そのことに全力をかけていくのが、私の人生ではないか。

by a-wakui | 2008-04-25 09:53

「農業の方向性」   

農業は1人ひとりの規模は小さいが、全部合わせると大きな産業である。ひとつの産業として関わる労働力は、男女合わせて250万人になる。

昔、石灰産業が崩壊した時、代替エネルギーは輸入原油を利用した石油製品に変わったが、日本の農業が崩壊したら、中国からの輸入農産物に変わるだけなのだろうか。
油がなければ農産物も生産出来なくなるが、油と農産物を同一次元で考える訳にはいかないだろう。

日本人の主食としての米や野菜を生産している農業の方向性は、統計上の数字以上に深刻な影響を与える。しかしながら、日本が長い間取り組んできた政策が、現在の農業の現実を創りだしている。
これからも、その方向性は変わらないだろう。地球温暖化の危機をどんなに声高に論じても、各国の利害関係が一致しないため、世界はひとつの方向に進まない。

農業の危機は日本人の食の危機でもあるが、輸入すれば良いという人もいれば、石油の方が重要だという人もいる。国内の利害関係も一致せず、結局、ひとつの方向にまとまらない。

by a-wakui | 2008-04-24 16:39

「変化する労働力」   

NHKや朝日新聞で、食に関するニュースが報道された。
ひとつは、インドや中国が農産物の輸出国から輸入国に変わったため、タイやベトナムの米価が上昇しはじめたこと。もうひとつは、日本のレタス産地が、中国人労働者がいなければ産地を維持できなくなっているということだった。

中国人は、日本で7ヶ月働くと中国で4年分働いた収入になるという。また、驚くことに、日本人が呼びやすいように、日本名が付けられて来るという。
農産物も加工品も中国から輸入し、労働者も中国から来るという。一体、日本人は何をするのだろうか。

日本の若者は農業を嫌い、農業者は高齢化により過半数が65歳を越えたという。日本人の高齢化は農業界が一番早く、結果として、農村が高齢化社会を迎える。そして、中国人だけが日本の労働力になる。
食も中国に、労働も中国に、現実はもっと進んでいるのかもしれない。

by a-wakui | 2008-04-23 14:29

「安心できるシステムの構築」   

消費者が安心できる農産物をお届けするには、それを生産する農家が安心して農産物を生産できる環境を作らなければならない。

私は20年以上「若者が夢と希望を持てる農業の姿を想像する」ということを考え続けてきた。
「若者が夢と希望を持てる農業の姿を創造すること」とは、「若者が安心して農業に取り組める環境を創造すること」ではないのだろうか。
現状は、農業に取り組んでも将来どうなるかわからないという不安があるから若者が農業に取り組まない。将来に安心があるなら、もっと多くの若者が農業に取り組むのではないか。

自然界で、大地に種をまき、作物を育てるということは、工場生産とは違い様々な障害を受けることもある。上手く育っても、市場価格の変動によって販売価格が生産費を下回る。
毎日毎日、大地に向かって作物を育てる全ての農家が、自分の農作物を上手に販売できるわけではない。
ほとんどの農家が販売をJAや市場に委託し、市場価格という見えない生き物に翻弄されている。
それが、何十年間と続いてきた価格の決め方である。需要と供給のバランスで決まる価格だから、最も正しい決め方かもしれない。しかし、最も正しいことだからといって、それが最も良いことであるわけでもない。
他に方法がないからやっているだけだ。

協会では、20年前から市場価格とは別の形で会員の皆様に価格を示している。そして、この価格に納得して頂いている会員の方にお米を購入して頂いている。
野菜でもこのようなことができないのか。生産者も納得し、消費者も納得し、双方が安心できるシステムができないのか。現在のJAや市場の機能を活かしながら、消費者と生産者の両方が安心できるシステムを構築するために、協会では、現在の協会の体制を大幅に改革し、現在のお米事業に野菜事業をプラスすることで、消費者と生産者の両方が安心できる食農応援体制の構築を進める。

by a-wakui | 2008-04-22 16:05

「安心できる農産物」   

食べる側から見て、農産物は安心できるものでなければならない。
では、作る側から見て農産物とは何なのか。消費者に食べて頂くのだから、おいしく安全で、そして安心して頂けるものでなければならない。
しかし、本当にそれだけで良いのだろうか。

毎日毎日、朝から晩まで田圃の耕耘のためにトラクターに乗っているので、考える時間は山ほどある。考え始めたら止まらなくなる。何日も何日もこの問題を考え続けた。
そして気がついたのは、消費者が必要とする「安心できる農産物」をお届けするには、農家も安心して農産物を生産できる環境が整っていなければならない。農家が農産物を作っても生活できないようでは、誰も農業に力が入らない。

農家は収穫できるまで、風・雨・病気・虫害の心配をし、そして収穫できたら価格の心配をする。
最近では、外国からどんどん安い農産物が入ってくるので、1年間かけて育てた農産物の価格も下がり、生活の不安が常に離れない。日本の農家が農業をやめても、安い農産物は入ってくるかもしれないが、様々な問題も同時に起こる。

消費者に安心できる農産物をお届けするには、それを作る農家も、安心できる農業経営ができなければならない。

by a-wakui | 2008-04-21 10:13

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