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「これからの農業政策」   

トラクターは田圃を耕耘する道具であり、田植機は苗を植える道具であり、コンバインは稲を刈る道具であるように、田圃は米を作る道具であると考えることが必要なのではないか。田圃を財産と考えて、有効活用ができないでいると、財産としての価値も下がってくる。

田圃が米を作る道具として有効に使用されることによって、道具としての価値が上がり、財産としての価値も上がる。道具は利用価値があるから、存在価値があるのであり、利用価値のない道具は存在価値すらなくなる。

これからの農業政策は、田圃は米をつくる道具として考え、どうしたら効率の良い道具として活用できるのかを考える時期がきたのではないか。

田圃を財産だと考えている農家に対して、田圃こそ米をつくる道具と考えよと、言うのは難しいかもしれないが、とても大事なことではないだろうか。

by a-wakui | 2008-09-30 07:57

「農地の魅力」   

以前は農業をやめる人がいたら、その農地を購入したり、借りたりする人がおり、地域農業は継承されてきた。今は、全ての農家が農業をやめる時期を考えているので、人の農地を買ったり、借りたりして経営規模を拡大しようという人はほとんどいない。

そうなると、農地は耕作放棄地となっていく。全国に40万haもあるという耕作放棄地は、そのような理由から放棄された農地である。一度耕作放棄地になると、再び農地に戻すことはとても難しいといわれている。

最近の話だが、隣町で2haの農地が売りに出たが、誰も買う人がいなかったようだ。
昔は、農地は財産であり、所有していても価格も上がり、生産される米価も年々上がっていったため、借金を返すことができた。今、農地は年々下がり、生産される米価も年々下がり、財産としての魅力はなくなった。

by a-wakui | 2008-09-29 17:46

「農業をやめる理由」   

私は視察で来社される方に、「皆様のところでは後継者はいますか」と尋ねる。すると「ほとんどいない」との回答がくる。本当に後継者がいないのだ。

国が進めている集落営農化事業も5年間補助金をもらうための受け皿を造っただけにすぎない。5年後にどのような農業、農村を創りたいというビジョンはほとんどない。集落営農化の用件を満たさないと補助金が出ないから、集落営農化事業に参加しているだけだ。

日本では、30歳未満の農業者は3万人しかいないという。毎年農業に就く人は、全国で
1000人に満たず、30年経っても3万人にしかならない。

農業をやめるきっかけは、使っている農業機械が壊れた時が多いと聞く。農業機械が高く、買い替えができないからだ。次の理由は、働いている年寄りが病気になった時だという。若い人は農業をしないので、年寄りが病気になり農業ができなくなったら、農業をやめることにしているという。

by a-wakui | 2008-09-28 19:03

「農村の活性化」   

最近協会の視察の希望者に、行政関係者や地方議会の方が多くなり、先日も福島県の地方市議会の方々が来社された。視察の目的は生産調整への取り組み方や、米の直売の取り組み方などである。

私は、生産調整については、米を減産する生産調整から、主食米と加工用米の輪作による、米の利用方法の開発のための生産調整にしたら良いのではと答えている。
また、米の直売の取り組みについては、最初から売ることを考えた生産をし、売ることを考えない農業は、産業にはならないと答えている。

そして最も大事なことは、新規就農者の減少と、農業従事者の高齢化により、地域農業の再生産ができない時代が目の前に来ているということだ。

地域農業を守り、農村の活性化のために、今こそ行動に移さなければならないのではないかと問題提起をする。

by a-wakui | 2008-09-27 10:44

「本当の食の安全・安心」   

今回の事故米の転売問題や、食品偽装の問題を通して多くの方から、「ようやく協会の時代がきたね。」と言われる。
協会が何十年も取り組んできた「食の安全・安心」への取り組みを評価して頂き、協会に対しての励ましの言葉として真摯に受け止めている。

今回の事故米の転売問題は、米に人生を懸けてきた私にとっては、本当に情けなく悲しい事件だ。また、安ければ良いとする食品業界全体に対しての警鐘とも考えている。
価格が安いことも大事だが、消費者が本当に求めているのは、安全や安心を度外視してまでもの価格ではなく、安心と安全が確保された上での価格ではないだろうか。

「食の安全・安心」のためのコストをどのように考えるのか。今、日本の国民全員で考える時期がきたのではないか。
そして、本当の「食の安全・安心」の問題とともに、将来、日本人は十分な食を得ることができるか否かということにも気づき、その対応に向かって大きな決断をする時期でもあるのではないか。

by a-wakui | 2008-09-26 08:39

「協会の取り組み」   

協会は、21年前の創立当初から「食の安全・安心」に取り組み、米ヌカ肥料工場の建設に始まり、残留農薬分析システムの導入や、国際品質規格ISO9001・国際環境規格ISO14001も取得した。

ひと口に「食の安全・安心」と言っても、そう簡単にできるものではなく、生産者会員はもちろんのこと、協会の職員にも徹底して考え方を伝え、日々の業務に実施できるようにしなければならない。

「食の安全・安心」に取り組むことは、1日1日の着実な取り組みの積み重ねである。それも、何年も何十年も続く終わりのない努力を続けていくことではじめて結果が見えてくる。

by a-wakui | 2008-09-25 07:58

「事故米問題の火の粉」   

今回の事故米の対応のために、日本中の食糧流通にかかわる人達が大変な迷惑を受けた。

連日のように、三笠フーズとの取り引きがあるか否か、原料証明と流通証明はどうなっているか等々について、皆がてんてこ舞いだった。事故米の対応で、農林水産大臣や農林水産事務次官の辞職により幕引きを図っても、その終わりは見えてこない。終わりが見えるどころか、次から次へと新しい事件が発生してくる。

テレビのニュースや新聞記事を見ると、日常的に食にかかわる新しい事件が目につく。今回の事故米の事件により自殺者も出た。

自分が全く関知せず、通常の取り引きで、加工食品造りのための原料の仕入れをしても、今回のように知らず知らずのうちに事件に巻き込まれることがある。

by a-wakui | 2008-09-24 15:09

「日本の食糧事情の現実」   

今回の事故米転売問題は、世界中から安い食糧品を輸入し、現在の食生活が成り立っている現実を、今こそ反省しなければならいというメッセージなのではないだろうか。
世界的な食糧不足の中で、日本だけが今までのように世界中から安い食糧品を輸入できるという神話は終わりに近づいているのではないか。

先進国の中で、最も食糧自給率が低く、世界一の食糧輸入大国の日本。そして、若者が就農せず、また現在農業従事者は高齢化し、過半数が65歳を超えている。5年後には、さらにその過半数が70歳を超える。それが日本農業の現実である。

10年後の日本人の食糧は誰が生産するのか。日本の中で、日本人のための食糧生産ができなければ、このまま世界中から食糧の輸入を続けなければならなくなるが、自国の人間が食べられなくなるのに、日本に輸出してくれる国があるのだろうか。

どんな毒が入っているのかわからない食糧の輸入を続け、事故が起きてから慌てふためくことを今後も繰り返すのだろうか。

by a-wakui | 2008-09-23 19:16

「広がり続ける食品偽装」   

事故米の転売で大騒ぎしているうちに、また中国からの輸入品である農薬の混ざった餡を味見し、体を壊すというニュースが報道された。

それと同時期、今度は中国で牛乳に水を混ぜて増量し、たんぱく質含有量を増すために、工業用の薬品を混ぜ、6千人を超える乳児に被害が出たという事件があった。
驚くことに、その牛乳を原料として利用した加工食品が、日本にも大量に輸入され、日本中の量販店に出荷されたという。

一つの事件が終わらないうちに、国内だけではなく世界中で、次々と新しい事件が発生する。今食べているものが本当に安全なのか、体に良いのか悪いのか全くわからない状況に陥っているのではないか。

by a-wakui | 2008-09-22 17:58

「事故米に対する政府の責任」   

政府から払い下げされた事故米は数百社に転売されながら、いつの間にか普通米に変わったお米もたくさんあるという。

払い下げの時には1キロ当り2円~3円だった事故米が、その後、1キロ当り300円を越す価格になるまで、どんな経過だったのだろうか。
また、その流通に関わった多くの企業は、事故米とは知らずに取り扱ったのだろうか。
ごく一部の人達の間だけで、事故米ということを知りながら、価格の安さを魅力と考え取り扱ったのではないだろうか。

事故米が発覚した時は、農林水産大臣も農林水産事務次官も、あまり重要視した発言はしていなかったが、問題が広がるにつれて放置できなくなり、とうとう大臣も事務次官も辞職することになった。

米が余り、40年間生産調整を続けている中で、義務的な輸入米があり、その輸入米に残留農薬とカビが発見された。残留農薬やカビが発生していたら返品するのが当たり前であり、ようやく、返品する方向で検討を始めたという。毒入りの米でも輸入しなければいけない義務はないのではないだろうか。

by a-wakui | 2008-09-21 07:49

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