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「JA大潟村総会」   

きょうはJA大潟村の総会である。

9年間JA大潟村の組合長を務めてきた、宮崎氏の最後の総会でもある。

後任の組合長は、前に宮崎氏の下で専務を務めたことのある、小林さんだ。

今も宮崎氏と一緒に、加工用米や新規需要米に取り組んでいるので、組合長就任後も宮崎氏とは、十分な連携が取れるのではないか。

米めん の販売についても、まだまだ私の計画の10分の1にも満たないが、日々新しい導入先が開拓されているのはとても心強い。

by a-wakui | 2010-06-30 18:00

「フル稼働」   

今日もたくさんのお客様が来るので、昨日のうちに秋田に帰った。

今日は、先週一週間留守だったので、やりかけていた米めん 以外の商品の進捗状況の整理を行い、今後の計画を確認した。

米めん 以外の商品計画もおおむね進んできたので、営業と相談をして提案するための準備を行わなければならない。

現在の製造計画では、おはぎを中心とした米の加工品の方は、七月中は製造計画かがいっぱいになっているという、昨年には考えられないことだ。

このまま行くと、加工工場は年内はフル生産になるのではないか。また、米めん についても、6月中の生産は、5月の倍になり、7月の生産見込みも、6月の2倍を計画しているので、7月には2交代も必要になる。

当初テスト導入だった食品メーカーや量販店も徐々に本格導入が始まり、出荷量が大巾に増えてくる。

出荷量に併せて、人員の不足、冷凍庫の不足、設備の不足が出てきた。

新商品に取り組むと、いつもこうなるので、何とか間に合わせながら進まなければならない。

by a-wakui | 2010-06-29 18:00

「大きな力」   

今日は朝一の飛行機で東京にきた。

先日の日本食糧新聞のセミナーで知り合った方より、大手量販店の役員の方を紹介されたので、私の日本の農業や米粉食品についての考え方をお話しさせて頂いた。

お話の中で、今日の新規需要米は、単なるヒット商品づくりではなく、米粉食品を定着させるためには、政治的要因が大きなものを占めるのではないかとお話をした。

併せて、米粉食品を日本の食文化として定着させるためには、日本を代表する食品メーカーや量販店が、米粉食品に取り組んで頂けることがとても大事であるとのお話しもした。

初めて会った方に、米農業のことや、日本の食文化の創造についてお話をさせて頂き、失礼になったかも知れないが、私にとっては単なる米めん の営業ではなく、米粉の食文化の創造なくして、米粉の消費拡大はありえないと思って、お話をさせて頂いた。

夕方には、紹介して頂いた商社の元役員の方とお会いして、紹介のお礼と現状報告をさせて頂いた。

あらためて、米粉の消費拡大と食糧自給率の向上のためには、米粉の食文化の創造が必要であり、そのための知恵を貸して頂きたいとお願いをした。

米粉食品の開発と普及に取り組んでから、実に多くの人達と知り合うことができた。

以前の主食米中心の営業では考えられなかったことだ。

協会商品の営業も大切だが、このように協会のまわりに多くの人脈ができるのも、とても大切なことであり、このことが、協会が将来、大きな仕事をして行くために、とても大きな力になる。

by a-wakui | 2010-06-28 18:09

「受賞を祝う」   

今日は、大潟村元村長の宮田氏の旭日小綬章受賞の祝う会があった。

私も祝う会の発起人を引き受けた。

宮田氏が村長の時、国の減反政策が最も強かった時で、私はその時、強制的な減反政策には反対であると、減反政策反対の立場に立った。

宮田氏は村長として、国の減反政策を強力に推し進める立場で、私とは立場が違っていた。

大潟村は日本のモデル農業を目指して立村されたが、入植・営農開始と同時に減反政策が始まった。

減反政策の参加の是非をめぐって、同じ目標を持って入植した入植者の意見も二分された。

減反政策が始まって41年、新政権による新しい農業政策によって、長い間二分されてきた大潟村も、ようやく、まとまることができた。

大潟村は、45年前の立村の主旨である、日本のモデル農業を目指して出発する機会が得られた。

大潟村の村長も二世であり、次のJA大潟村の組合長も二世が務めることになった。

入植一世の私達が創った大潟村の対立構造は、入植一世の私達の時代に解消しておかなければならないというのが私の考えのため、今日の宮田氏の祝う会の発起人は喜んで引き受けさせて頂いた。

祝う会の参加者は、宮田氏の交友と入植者で400人を超えた。私の知り合いもたくさん参加されており、私が宮田氏の祝う会の発起人をしたので、とても驚かれた。

また、ようやく大潟村が一本化したと、とても喜ばれもした。

新しい大潟村は、新しい農業政策の中で、どのような農業経営を創造することができるのか、そのことが、日本農業のモデルになることができるのか、今こそ大潟村の真価が問われている。

明日は東京に行く。

by a-wakui | 2010-06-27 18:02

「食糧自給率向上のため」   

今日は朝一番で大阪から東京にきた。早朝から東京事務所で商談があった。

米めん とは違う、米粉食品のPB商品造りと、営業のための方向性を検討した。

同一案件について、数回の会議を行ったので、今日の決定にそって進んで行くことにした。

午後からは大手量販店の方と、米粉食品全体についての方向性について話し合い、今後の協力を依頼した。
そして、夕方は仙台に行き商談を行った。

米粉食品の普及のためには、米めん だけでは足りず、様々な米粉食品の開発をすすめなければならない。

毎日、違う会社と、違う商品について商談を行っている。

国は新しい農業政策のため、多額の補助金を農家に出すことになった。

残念ながら、新規需要米を利用した商品開発や米粉食品の流通が確立していないため、米粉食品が市場に流通していないのが現実である。

私は農家であり、仲間の農家の新規需要米を商品化して、販路拡大できなければ、仲間の農家が新規需要米を栽培することができない。

また、協会が新規需要米を商品化して販売することができないようであれば、新規需要米の定着がとても難しいのではないか。

私は1ヶ月100万食の米めん を販売するために、指のツメが全て剥げるくらいの必死な想いで営業活動に取り組まなければ、達成は難しいのではと考えている。

また100万食販売することができれば、そこから先は自然に増えて行くのではないか。

米粉食品の営業は、単なるヒット商品の開発や営業とは異なるのではないか。

米粉食品は食糧自給率向上のための国策であり、米の粉食文化の創造がなければ、普及することは難しいのではないか。

そのために、農家のやること、行政のやること、企業のやること、それぞれの団体が、それぞれの役割をどのようにするかが課題である。

by a-wakui | 2010-06-25 18:00

「テスト導入成功」   

今日は朝一番の新幹線で大阪にきた。

秋口に冷凍茹でめんを大量に販売計画をしている企業の訪問と、大阪営業員との打ち合わせをした。

営業員に対しては、テスト導入した企業の販売状況を説明し、商談のための参考にしてもらった。

2月20日に販売が始まったデパ地下の惣菜販売大手が、5月には3,000食だったのが6月は10,000食に増えたこと。

4月20日に始まった大手量販店のメニューが、6月23日から4品目が6品目に増えたこと。また5月に始まった大手外食の注文も、6月には3倍に増えたこと等を説明した。

米めん をテスト導入した所は皆、出荷量が伸びているので、各地の成功例を説明できるようにして欲しい。
今日は、大阪に泊り、明日は東京に行く。

by a-wakui | 2010-06-24 17:58

「米めん開発を超える進歩」   

今日も、早朝から商談先を訪問した。

1年前に、米粉用米を利用して米めん を造ることに取り組み、今は米めん 以外の米粉食品の開発と営業に取り組んでいる。

1年間、全力を挙げて米めん の開発と営業に取り組んだことによって、様々な思考方法が身についた。

1年前、米粉カレーや天ぷら粉に利用できると聞いた時には、単に米粉を販売して、お客様がカレーや天ぷらに利用することを考えていた。

今は米粉をそのまま利用するのではなく、カレールーやレトルトカレー、そして配合済の天ぷら粉や唐揚げ粉に加工した商品の開発に取り組んでいる。

同じ考え方を「鯛焼き、お好み焼き、ピザ」用の米粉も配合済にし、そのまま使用できるようになった。

このような考え方ができるようになったのは、米めん の開発以上に、とても大きな進歩だと考えている。

by a-wakui | 2010-06-23 17:47

「発芽玄米協会」   

今日は、日本発芽玄米協会に出席するため、東京にきた。

発芽玄米協会も、発芽玄米をどのように普及して行くかということを目標に、様々な取り組みを行っている。

今日の国の新規需要米政策を、どのように活用するかが、今日の会議の主題である。

出張の時は1ヶ所ではなく、時間の許す限り多くの方と会うようにしている。

どんな出会いにも大きなチャンスを見逃してはいけない。

by a-wakui | 2010-06-22 18:30

「米粉検討委員会」   

今日は、午後から大潟村で「米粉検討委員会」が開催された。新政権発足とともに、新規需要米にかかわる政策が進展し、大潟村もその政策に対応するように急ピッチで仕事がすすんでいる。
そのため、米粉検討委員会も作業を急がなければ、政策の進展に遅れてしまう。

座長の津田先生もがんばってくれているが、検討委員会の進展よりも現実の政策の進み方が早いので仕方がない。

津田先生より、米粉用米だけでなく加工用米も含めた、農業の六次産業化の方向性についても検討した方が良いのでは、との提案があった。その方向性はとても良いので、大潟村の新しい農業政策の方向性として、農業の六次産業化に積極的に取り組んで行くことをすすめて欲しい。

by a-wakui | 2010-06-21 18:35

「これからの天気が・・・」   

昨日は、結婚式の帰りで、遅く着きとても疲れた。

田圃の見回りを3日間できなかったので、今日はゆっくりと田圃を見て回った。
6月も20日前後が稲の生長がとても早く、3日間の留守のうちに、とても大きく生長していた。

稲作は今までの生育がよくても、これからの天候が悪ければ不作になる。
平成5年の凶作の時は、6月20日から天候が悪くなり、雨と曇り、低温が3ヶ月も続いた。8月1日にストーブをつけなければいられないような寒さで、新聞等には宮沢賢治の「雨ニモマケズ、風ニモマケズ」の詩が載った。

稲の生長も遅れに遅れ、出穂時期も20日程遅れ、刈り取りも1ヶ月遅れ、作況指数も77と戦後最悪の凶作になった。

そして、米の緊急輸入が発表され、200万tの輸入米が入り、国産米と輸入米のセット販売が推奨された。
そんな経験があるため、春先の天候がどんなに良くても、安心できないのが、自然界の中で営む農業である。

今回の宮崎県の口蹄疫のように、いつ自然が牙をむき、人間におそいかかってくるかわからない。

by a-wakui | 2010-06-20 17:51

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