無菌米飯の輸出   

米の輸出を考える時、日本の食味感を持ち込むのではなく、食べるための利便性を考えたらどうかとの想いで「無菌米飯」を考えた。
無菌米飯を製造するための機械設備は、日本固有の技術と機械であり、無菌米飯を調理する電子レンジは世界中にある。消費量の少ない外国人にとっては、とても便利なのではないか。

ジェトロで市場調査をしてみたら、すでに外国にも無菌米飯が輸出されているが、コシヒカリも一般国産米も価格は同じであった。
日本における米の価値観は品種と産地であるが、外国における米の価値観は原産国である。この点が米の輸出における最大のポイントである。

# by a-wakui | 2008-02-18 16:38

米の輸出   

米の消費拡大を国内の人口だけで考えないで、輸出商品として考えたらどうなのか。この輸出に関しては、以前から何回も議論されてきたが、国際的な穀物メジャーの利権構造と国際価格の差の中で、実質的に輸出はできない状態であった。
昨年あたりから、日本食文化の世界的な普及と食の安全・安心の高まりから、国際価格の差を超えて安全・安心に対する国際的比較の中で、日本の米が輸出商品として認められつつある。

しかしながら、昨年の中国輸出は数十トン単位であり、輸出輸出と騒ぐ程ではないが、米の輸出がニュースになることそのものが遅れている証明なのかと考えさせられる。今まで輸出がほとんどできなかったのだから、小さくても一歩を踏み出したことは、高く評価できるのかもしれない。

# by a-wakui | 2008-02-17 10:10

米の需給バランスとは   

39年前に、米の需給バランスをとるために始まった減反政策。食の多様化による米の消費減により、ますます需給バランスがとれなくなったまま、39年後の今も先が見えない。
米が余らないようにするには、生産を抑制する、消費の拡大をする、とわかりやすい方法が2つある。現在の生産調整は生産の抑制を39年間続けてきた。では、消費の拡大はどうなのか。以前「もう一杯おかわり」運動等があったが、全く問題にならなかった。

消費拡大を一人一人の食べる量の視点から見るだけでは、拡大は難しいのではないか。今までの消費拡大は米が食べたくなる提案をするとの視点が足りなかった。
「米を食べやすくする・米が食べたくなる目的をつくる」等、通常の商品と同じような提案が必要であったが、その視点が足りなかった。

# by a-wakui | 2008-02-16 13:46

大潟村あきたこまち生産者協会を創立   

私は昭和62年に協会を創立し、新しい時代の新しい農業の姿の創造に取り組んだ。
白米をどのように売ったら良いか全くわからない手探りの中で、精米機を用意し、袋や箱を用意し、一歩一歩個人産直の実施に向けて歩き出した。

それから21年間、今も21年前と同じように手探りの中で日々協会の業務に取り組んでいる。
39年前の大潟村入植、そして減反開始から今日までは、㈱東洋経済新報社から出版されている私の著書『農業は有望ビジネスである!』をご覧頂きたい。

現在国会で暫定税率の問題で、暫定という期間が何十年も続くと議論をしているが、緊急非難と言われて始まった減反政策が、すでに39年間も続き、これからも続くことになっている。
私は減反が始まって3年くらい経った時に、減反政策はあとどれくらい続くのかと行政担当者に尋ねたら、その担当者は需給バランスがとれるまで続くと答えた。

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# by a-wakui | 2008-02-15 17:09

新しい出発   

食管法違反容疑の入植者が不起訴処分になったことにより、入植者の「米を植える自由・米を売る自由」がようやく確立した。多くの入植者達はようやく自分の希望した農業ができることになった。

私はようやくスタートに立ったとの想いで、胸がいっぱいになった。「米を植える自由・米を売る自由」は農家としての基本的人権を確立しただけである。大潟村の農家としての本来の戦いはこれから始まることになる。

私は自分の農業の確立、大潟村の農業の確立、そして日本の農業の確立のため、新しい一歩を踏み出すことにした。

# by a-wakui | 2008-02-14 13:10

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