「干拓地での畑作」   

昭和45年に大潟村に入植以来、様々な作物に取り組み、米以外の畑作は皆失敗した。大潟村は干拓地のため、地下水位が高く常に湿害の影響を受け続けてきた。

干拓地である大潟村では、米づくりができるようにするための排水対策は行われてきたが、畑作をするための土地改良工事は、米づくりのための工事の十倍もの費用がかかるためできないでいる。
農作物は、地下水位が低く水が少ない所で畑作が発展し、地下水位が高く乾きにくい所で米づくりが発展してきた。

畑作も米づくりも、農作業がしやすいように道路を造り、用排水路を造り、1枚の面積を大きくするための工事は進めてきたが、水田を耕作用に変える工事は基本的には行ってこなかった。
日本人にとって、田はとても貴重なため、雑種地を畑に、畑を田にするのはとても簡単であるが、田を畑に、畑を雑種地にすることは農業委員会の許可が必要である。
まして水田を農業以外に利用するには、とても厳しい条件が必要になる。減反政策により、奨励金を出して水田を畑にすることは、とてももったいない土地の利用方法である。

# by a-wakui | 2008-04-26 10:13

「下がり続ける自給率」   

地球温暖化問題と同じように、日本の農業問題、いわゆる日本人の食の問題は、これからも現在の状況が続き、自給率は限りなく1桁に近づいていくのではないか。

数百万人の人口が関わる農業も、継続できなくなる。農業というものは、用水路・排水路・農道などが共同管理のため、単独で継続することが難しい産業であるから、仕方のないことである。
日本の食を生産する構造が崩壊のせとぎわに立たされている時に、どうしたら消費者にとっても安心でき、生産者にとっても安心できる農業の姿を創造できるのだろうか。
そのことができるのであれば、日本農業の大きな流れを少しでも緩やかに、そして新しい流れに変えることが出来るのではないか。

その姿とは、現在の農業の延長なのか、それとも全く新しい姿なのか、そのことに全力をかけていくのが、私の人生ではないか。

# by a-wakui | 2008-04-25 09:53

「農業の方向性」   

農業は1人ひとりの規模は小さいが、全部合わせると大きな産業である。ひとつの産業として関わる労働力は、男女合わせて250万人になる。

昔、石灰産業が崩壊した時、代替エネルギーは輸入原油を利用した石油製品に変わったが、日本の農業が崩壊したら、中国からの輸入農産物に変わるだけなのだろうか。
油がなければ農産物も生産出来なくなるが、油と農産物を同一次元で考える訳にはいかないだろう。

日本人の主食としての米や野菜を生産している農業の方向性は、統計上の数字以上に深刻な影響を与える。しかしながら、日本が長い間取り組んできた政策が、現在の農業の現実を創りだしている。
これからも、その方向性は変わらないだろう。地球温暖化の危機をどんなに声高に論じても、各国の利害関係が一致しないため、世界はひとつの方向に進まない。

農業の危機は日本人の食の危機でもあるが、輸入すれば良いという人もいれば、石油の方が重要だという人もいる。国内の利害関係も一致せず、結局、ひとつの方向にまとまらない。

# by a-wakui | 2008-04-24 16:39

「変化する労働力」   

NHKや朝日新聞で、食に関するニュースが報道された。
ひとつは、インドや中国が農産物の輸出国から輸入国に変わったため、タイやベトナムの米価が上昇しはじめたこと。もうひとつは、日本のレタス産地が、中国人労働者がいなければ産地を維持できなくなっているということだった。

中国人は、日本で7ヶ月働くと中国で4年分働いた収入になるという。また、驚くことに、日本人が呼びやすいように、日本名が付けられて来るという。
農産物も加工品も中国から輸入し、労働者も中国から来るという。一体、日本人は何をするのだろうか。

日本の若者は農業を嫌い、農業者は高齢化により過半数が65歳を越えたという。日本人の高齢化は農業界が一番早く、結果として、農村が高齢化社会を迎える。そして、中国人だけが日本の労働力になる。
食も中国に、労働も中国に、現実はもっと進んでいるのかもしれない。

# by a-wakui | 2008-04-23 14:29

「安心できるシステムの構築」   

消費者が安心できる農産物をお届けするには、それを生産する農家が安心して農産物を生産できる環境を作らなければならない。

私は20年以上「若者が夢と希望を持てる農業の姿を想像する」ということを考え続けてきた。
「若者が夢と希望を持てる農業の姿を創造すること」とは、「若者が安心して農業に取り組める環境を創造すること」ではないのだろうか。
現状は、農業に取り組んでも将来どうなるかわからないという不安があるから若者が農業に取り組まない。将来に安心があるなら、もっと多くの若者が農業に取り組むのではないか。

自然界で、大地に種をまき、作物を育てるということは、工場生産とは違い様々な障害を受けることもある。上手く育っても、市場価格の変動によって販売価格が生産費を下回る。
毎日毎日、大地に向かって作物を育てる全ての農家が、自分の農作物を上手に販売できるわけではない。
ほとんどの農家が販売をJAや市場に委託し、市場価格という見えない生き物に翻弄されている。
それが、何十年間と続いてきた価格の決め方である。需要と供給のバランスで決まる価格だから、最も正しい決め方かもしれない。しかし、最も正しいことだからといって、それが最も良いことであるわけでもない。
他に方法がないからやっているだけだ。

協会では、20年前から市場価格とは別の形で会員の皆様に価格を示している。そして、この価格に納得して頂いている会員の方にお米を購入して頂いている。
野菜でもこのようなことができないのか。生産者も納得し、消費者も納得し、双方が安心できるシステムができないのか。現在のJAや市場の機能を活かしながら、消費者と生産者の両方が安心できるシステムを構築するために、協会では、現在の協会の体制を大幅に改革し、現在のお米事業に野菜事業をプラスすることで、消費者と生産者の両方が安心できる食農応援体制の構築を進める。

# by a-wakui | 2008-04-22 16:05

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