入植者間の対立   

米を植える、植えないの問題は単なる作付け問題ではなく、入植者の間に様々な軋轢を生み、減反政策は新生の大地大潟村の崩壊も心配されるようになった。減反政策をめぐり、青刈り、農地買戻し、食管法違反、検問等、様々な圧力が米を植えることを希望する農家の上に次々とかけられた。

そして食管法違反容疑をかけられた二人の入植者が不起訴処分となり、行政による入植者への圧力は急速に薄れることになった。

# by a-wakui | 2008-02-13 14:00

減反政策   

減反により、米を作るための入植は中止になり、余った5000ヘクタールの農地を処理するため、様々な問題が起きたが、結局、五次入植者と今までの入植者が15ヘクタールの土地で、畑と田を半分ずつ営農することになった。

奨励金のつかない畑作のため、入植者の経営は急速に悪化してきた。そのため入植者達は、借入金の償還のため米を植える運動を起こした。
国としては、米の減反政策が継続中のため、入植の米を植える希望を無視し、減反政策はそのまま強制され続けた。

その後、この問題は30年以上続き、現在も根本的な解決は見出されていない。

# by a-wakui | 2008-02-12 12:30

大潟村   

日本の米の需給は、昭和40年頃から余り始めました。そして昭和44年頃には600万トンもの過剰米が発生しました。米の増産のために計画された八郎潟干拓は、干拓と同時に米余りの時代になり、入植開始と同時に減反政策が始まる事になりました。そのため、1000人を予定していた入植者も半分の450人で中止になりました。

そのため、配分予定地の農地が5000ヘクタールも余ることになりました。この5000ヘクタールの農地を配分するために、五次入植の募集が始まりました。
この五次入植の募集を通して、これから30年以上続く大潟村の営農問題の始まりになりました。米の生産を増やさない政策が始まった中で、どのようにして残りの干拓地5000ヘクタールを配分するのか。その時の農家の経営はどうなるのか。

# by a-wakui | 2008-02-11 09:48

入植まで   

私は昭和23年9月21日に、魚沼コシヒカリの産地である新潟県魚沼郡十日町(現十日町市)に生まれました。
父は、農家の三男で、戦後30アールの農地を借りて、同じ村で農業を始めました。

私も幼い頃から、父の農業に取り組む姿を近くで見て、自然と農業に携わっててきました。そして父の農業を手伝いながら、いつしか自分も農業をするということを、誰に薦められたわけでもありませんが、徐々にそのような気持ちが募ってってきたような気がします。

そして高校を終わる頃になりましたら、大潟村入植の事をニュースで知るようになりました。十日町で農業に取り組みながら、まだ見ぬ大潟村の農業を夢見ていた頃でした。

そして21歳の時、昭和45年第四次入植のテストに合格し、新生の大地大潟村に入植しました。
入植と同時に米の生産を抑制する減反政策が始まりました。
十日町から大潟村に来て、米を力一杯作ろうとしていた私にとっては、大きな問題になりました。

# by a-wakui | 2008-02-10 10:28

初めてのブログをお届けします。   

毎月のこまち通信を通して、会員の皆様に21年間、お便りをお届けしてまいりましたが、パソコン上で文章を書くのは初めてのことです。そのため、何を書いたら良いのか数ヶ月以上も悩みましたが、自分は農家なのだから何も飾ることなく、現在の農業に対する想い、これからの農業に対する想いを、そして協会のことを、日々の出来事を通して語ることが、本当の自分を語ることになるのではと気がつき、ようやく書き始めることができました。

毎日のように中国の輸入冷凍餃子の農薬問題がニュースになっております。この問題が起きるまでは、日本の食品メーカーの表示偽装問題が連日のように報道されておりました。農薬問題のインパクトが強いため、表示偽装問題が消えてなくなったような気がします。

今回の中国冷凍餃子問題を通して、日本は輸入食品がなければ生活していけない国だということを実感した方が多いと思います。有職者といわれる方が、日本の食糧自給率は40%位だと申しますが、実質の自給率は28%くらいだといわれております。この理由は、日本で飼育する牛や豚・鳥などの飼料の95%以上が輸入飼料だからです。飼料を輸入しなければ家畜を飼育することができず、自給率も28%くらいに下がります。自給率28%は第二次世界大戦に負けた直後の日本の自給率と同じ位だそうです。

日本の基幹的農業従事者の過半数が65歳を越えており、数年以内に農業をやめる決断をしております。また、新しく農業に就農したいと考えている若者は1年に1000人もおりません。日本は農業問題を論ずるよりも食糧問題を論ずる時代が来たのではないでしょうか。

私も新潟県十日町市から21歳の時に入植し、すでに39年が過ぎ、今は60歳になりました。60歳と申しますと、普通の会社では定年を迎えます。農業には定年が無いと言われますが、定年が無いはずの農業も、現在の農業を取り巻く環境は全ての農家が離農しなければいけないような状況になっております。このブログを通して多くの方と日本農業、そして日本の食糧問題を考えていきたいと考えております。

# by a-wakui | 2008-02-09 17:52

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