大潟村あきたこまち生産者協会を創立   

私は昭和62年に協会を創立し、新しい時代の新しい農業の姿の創造に取り組んだ。
白米をどのように売ったら良いか全くわからない手探りの中で、精米機を用意し、袋や箱を用意し、一歩一歩個人産直の実施に向けて歩き出した。

それから21年間、今も21年前と同じように手探りの中で日々協会の業務に取り組んでいる。
39年前の大潟村入植、そして減反開始から今日までは、㈱東洋経済新報社から出版されている私の著書『農業は有望ビジネスである!』をご覧頂きたい。

現在国会で暫定税率の問題で、暫定という期間が何十年も続くと議論をしているが、緊急非難と言われて始まった減反政策が、すでに39年間も続き、これからも続くことになっている。
私は減反が始まって3年くらい経った時に、減反政策はあとどれくらい続くのかと行政担当者に尋ねたら、その担当者は需給バランスがとれるまで続くと答えた。

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by a-wakui | 2008-02-15 17:09

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