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「減反政策のはじまり」   

今、大潟村は、20年度の生産調整の計画に向けて、最終段階に入っている。
日本人は、職業選択の自由が憲法で保障されている。同じように、農家が自分の所有する土地に植える作目は米を植えても大豆を植えても自由であることも、憲法で保障されている。
日本は数千年の昔から、日本人の食べる米を一升でも増産をするため、国を挙げて取り組んできた。

そして昭和40年代初めにようやく目標を達成した。日本人全員が十分なご飯を食べる目標に達成したと思ったら、翌年から食べきれない余り米が出るようになった。その量はたちまち600万トンを超えるようになった。そして昭和45年から米の減産のための減反政策が始まった。 
そして39年間、減反政策は名前を変えながら今も続き、これからも続こうとしている。 
この減反政策と農家が自由に作付けをするということは、一見矛盾しているようだが、矛盾は次のように解決している。 

国は、減反政策に参加する農家に対して、米を作る収入と畑作をする収入の差額を転作奨励金という形で減反による収入減を補償しようとした。
このことは国としてもまた農家としても、お互いの立場を理解しながら許容できる解決策であった。

by a-wakui | 2008-03-03 15:27

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