人気ブログランキング | 話題のタグを見る

「減反の割合」   

大潟村は干拓地のため、田圃は米作用として整備してあり、畑作用に整備するためには、米作用の整備費の2倍もかかり、農家個々がやれる事業ではなかった。
また、干拓地のため地下水が高く小麦や大豆・カボチャや玉ねぎ等、何を作ってもその年の天候に左右され、安定した収量や安定した品質の作物ができなかった。
奨励金のつかない畑作で、作物の収量や品質が不安定なところで、借入金の返済は米と同じであった。
畑作に一生懸命に取り組めば取り組むほど、投資が生じ、借入金が増えていった。

30年前の一般の農家の平均面積を1.5ヘクタールとすると、生産調整面積は20%として
30aになるが、当時の大潟村は7.5ヘクタールの米作に対して20%の減反で1.5ヘクタール、7.5ヘクタールに対しては奨励金がつかない。そして合計で9ヘクタールの畑をやる事になった。30aの畑と9ヘクタールの畑では全く意味が違った。

by a-wakui | 2008-03-05 15:45

<< 「見えない農業の方向性」 「新生の大地大潟村の不幸」 >>

ブログトップ