「安心できる農産物」   

食べる側から見て、農産物は安心できるものでなければならない。
では、作る側から見て農産物とは何なのか。消費者に食べて頂くのだから、おいしく安全で、そして安心して頂けるものでなければならない。
しかし、本当にそれだけで良いのだろうか。

毎日毎日、朝から晩まで田圃の耕耘のためにトラクターに乗っているので、考える時間は山ほどある。考え始めたら止まらなくなる。何日も何日もこの問題を考え続けた。
そして気がついたのは、消費者が必要とする「安心できる農産物」をお届けするには、農家も安心して農産物を生産できる環境が整っていなければならない。農家が農産物を作っても生活できないようでは、誰も農業に力が入らない。

農家は収穫できるまで、風・雨・病気・虫害の心配をし、そして収穫できたら価格の心配をする。
最近では、外国からどんどん安い農産物が入ってくるので、1年間かけて育てた農産物の価格も下がり、生活の不安が常に離れない。日本の農家が農業をやめても、安い農産物は入ってくるかもしれないが、様々な問題も同時に起こる。

消費者に安心できる農産物をお届けするには、それを作る農家も、安心できる農業経営ができなければならない。

# by a-wakui | 2008-04-21 10:13

「低下する自給率」   

反対に、日本は若者の就農不足と農業事業者の高齢化で、自給率は40%以下である。日本の家畜の多くは、輸入飼料によって飼育されているので、輸入飼料がないと日本の畜産は成り立たなくなる。そうなると、自給率は26%くらいになるという。第2次世界大戦に負けた後よりも悪い自給率だ。
その現実が近づきつつあることが、近年の世界の情勢で実感できる。そんな中でも、日本の農業は減反政策が続き、農業に夢と希望が見いだせないでいる。

現在の農業事業者の構造では、10年後には1人で100ha以上耕作しなければ、日本人が食べる米さえ生産できなくなるという。
米でさえ生産を維持することが不可能なのだから、野菜の生産を維持することはもっと難しいことである。

農作物は口に入れるものであるから、おいしく安全で、そして安心できるものでなければならないと言われている。それは当然のことである。

# by a-wakui | 2008-04-20 09:47

「深刻化する食糧問題」   

私は入植以来、何年も畑作に取り組み、失敗した。そして多くの友人達も畑作に取り組み、皆失敗した。そのため、米づくり1本に絞り込むために、協会を創立した。
そして21年経ち、世の中も大きく変わってきたが、農業の環境も大きく変わった。

世界的には、バイオエタノールの需要の拡大で小麦や大豆の畑がトウモロコシ畑に変わり、輸入小麦や大豆の価格が上昇し、それを原料とする商品の値上がりが始まった。パンや麺類の価格が上がることによって、米の値段が上がり始めた。
また、中国やインドの食文化が向上することによって、タイやベトナム等の米輸出国の米価が2倍になる等、米の国際価格も上がり始めた。

金さえあれば、いつでもどこからでも食糧を買うことができる、と日本で考えられていたのは、つい10年程前だ。
今、そんなことを真面目に発言する学者はいるのだろうか。

# by a-wakui | 2008-04-19 14:21

「干拓地での畑作」   

協会創立時に比べると、今は21年間協会の事業に関わってきた多くの優秀なスタッフと設備、そしてたくさんの会員の皆様がいる。
ないのは野菜だけである。

幸い私は40年間農業に取り組み、21年間協会の運営に携わってきた。また、40年間にわたり農業問題を通して、全国に様々な知人友人ができた。
その中には、米づくり農家よりも野菜農家、畜産農家、果実農家の方がたくさんいる。会員の皆様に野菜をお届けするためには、とても恵まれた環境にいる。

私は40年前に大潟村に入植以来、減反政策で畑作に取り組み、様々な野菜の栽培に挑戦した。メロン・カボチャ・ナス・ピーマン・トマト・ホウレンソウ・春菊・白菜・キャベツ・ニンニク・タマネギ等々、他にもたくさんあるが、全て失敗した。
大潟村は干拓地のため、地下水が高く湿害に弱い畑作物は適さなかった。湿害に加え、台風・長雨・病気・虫害等、ありとあらゆる被害にあった。

# by a-wakui | 2008-04-18 11:57

「強い意志と理念」   

人が何かを始める時、最も大事な物は何なのか。資金か、設備か、知識か、情報か、お客様か。どれも大切であるが、最も大切なのは「何をしたいのか」という強い意志であり、「何のためにしたいのか」という強い理念ではないだろうか。

私が協会創立以来21年間、様々な困難の中、挫折しないで今日まで来られたのは、「若者が夢と希望を持てる農業の姿を創造する」という強い意志があったからだ。
困難な出来事に出会った時、自分の心が砕けそうになった時、「自分には天から与えられた使命がある」、自分は「農業の将来に夢と希望のある未来を造る」使命を与えられているのだということを、自分自身に言い聞かせてきた。

その目標達成のためにはどんな困難でも乗り越えられると、常に考え続けてきた。その考えは今も同じであり、これからも変わらないであろう。

# by a-wakui | 2008-04-17 17:04

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