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「見えない農業の方向性」   

奨励金のつかない畑作を大面積やることは、たちまち経営を悪化させることになえい、入植者は、一坪でも多くの面積に米を植えるための運動を始めた。そのため、減反政策を全国的に進めていた国の政策と真正面からぶつかる事になった。

30年を越える大潟村の営農問題の歴史を経て、今日の農政があり、今日の大潟村がある。
また、日本の農政は目指すべき未来の日本農業の方向性を明示できないでいる。同じように、
大潟村の多くの農家も、大潟村の農業の方向性が発見できないでいる。
国も大潟村も、この1~2年の間に、日本農業の未来のあるべき姿を創造し、提案する時期がきたのではないだろうか。

平成19年度から、国は農家の所有面積によって将来残すべき農家の選択に入った。そして、19年度からの生産調整の自主参加を発表し、新しい農業政策を発表した。
残念ながら、その後の参議院選挙や19年産米の急落を受けて、農業政策の見直しを始めた。その意を受けて、20年度の生産調整が始まった。
 

# by a-wakui | 2008-03-06 16:52

「減反の割合」   

大潟村は干拓地のため、田圃は米作用として整備してあり、畑作用に整備するためには、米作用の整備費の2倍もかかり、農家個々がやれる事業ではなかった。
また、干拓地のため地下水が高く小麦や大豆・カボチャや玉ねぎ等、何を作ってもその年の天候に左右され、安定した収量や安定した品質の作物ができなかった。
奨励金のつかない畑作で、作物の収量や品質が不安定なところで、借入金の返済は米と同じであった。
畑作に一生懸命に取り組めば取り組むほど、投資が生じ、借入金が増えていった。

30年前の一般の農家の平均面積を1.5ヘクタールとすると、生産調整面積は20%として
30aになるが、当時の大潟村は7.5ヘクタールの米作に対して20%の減反で1.5ヘクタール、7.5ヘクタールに対しては奨励金がつかない。そして合計で9ヘクタールの畑をやる事になった。30aの畑と9ヘクタールの畑では全く意味が違った。

# by a-wakui | 2008-03-05 15:45

「新生の大地大潟村の不幸」   

残念ながら、大潟村においては、全国の農家では許容できる解決策が適応できなかった。そのことがモデル農村を目指した、「新生の大地大潟村」の不幸の始まりでも有った。
大潟村は、1万ヘクタールを1000人の入植者が10ヘクタールの稲作をするために設計された。しかし、営農の始まりと同時に減反政策が始まり、土地を半分残して入植は中止になった。

その残った土地を処分するために、1次から4次までの既存入植者と、新しい5次入植者に田畑半分の15ヘクタールの配分が行われた。入植者は畑作では経営が出来ないことを知っていたので、畑作地ならいらないと言ったら、行政側では減反は緊急非難だから2~3年で田圃になると説明した。
農家だから誰でも農地が欲しいのは当たり前だから、2~3年で米が作れるならとの想いで、15ヘクタールの配分を受けた。 
その2~3年が、すでに35年を超えることになった。
そして15ヘクタールの半分、7.5ヘクタールに対しての畑作だから、転作奨励金がつかないことになった。

全部米を植えても、不作が続けば借入金を返せなくなるのに、奨励金のつかない畑作では借入金を返すことができなかった。
それでも2~3年後になれば米が作れるとの想いで、我慢に我慢を重ねたが、何年経っても米を作ることは出来なかった。 

# by a-wakui | 2008-03-04 14:16

「減反政策のはじまり」   

今、大潟村は、20年度の生産調整の計画に向けて、最終段階に入っている。
日本人は、職業選択の自由が憲法で保障されている。同じように、農家が自分の所有する土地に植える作目は米を植えても大豆を植えても自由であることも、憲法で保障されている。
日本は数千年の昔から、日本人の食べる米を一升でも増産をするため、国を挙げて取り組んできた。

そして昭和40年代初めにようやく目標を達成した。日本人全員が十分なご飯を食べる目標に達成したと思ったら、翌年から食べきれない余り米が出るようになった。その量はたちまち600万トンを超えるようになった。そして昭和45年から米の減産のための減反政策が始まった。 
そして39年間、減反政策は名前を変えながら今も続き、これからも続こうとしている。 
この減反政策と農家が自由に作付けをするということは、一見矛盾しているようだが、矛盾は次のように解決している。 

国は、減反政策に参加する農家に対して、米を作る収入と畑作をする収入の差額を転作奨励金という形で減反による収入減を補償しようとした。
このことは国としてもまた農家としても、お互いの立場を理解しながら許容できる解決策であった。

# by a-wakui | 2008-03-03 15:27

「経営改善について」   

大潟村農業の経営改善のためには、個々の努力も大切だが、大潟村やJA大潟村の支援も大切である。
農業経営の中でコストの大きいのが農業機械であるから、300ヘクタールくらいの機械の協同利用を行い、機械代を今の5分の1くらいまで下げなければならず、生活コストも今の3分の1くらいまで下げなければならない。そのためには、大潟村やJA大潟村も積極的に関わり、経営 改善をする思いのある人には、積極的な支援をして欲しい。

反対に、経営改善の提案をしても本人にその意思がなければ地価が下がらないうちに売却を進めたら良い。経営改善をするもしないも、本人の意思である。

残念なことに、当の本人が自分の経営がどのようになっているか、気が付かない場合が多い。今、どこの誰が、本音で語りかけるかではないか。

# by a-wakui | 2008-03-02 10:40

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