「農村の活性化」   

最近協会の視察の希望者に、行政関係者や地方議会の方が多くなり、先日も福島県の地方市議会の方々が来社された。視察の目的は生産調整への取り組み方や、米の直売の取り組み方などである。

私は、生産調整については、米を減産する生産調整から、主食米と加工用米の輪作による、米の利用方法の開発のための生産調整にしたら良いのではと答えている。
また、米の直売の取り組みについては、最初から売ることを考えた生産をし、売ることを考えない農業は、産業にはならないと答えている。

そして最も大事なことは、新規就農者の減少と、農業従事者の高齢化により、地域農業の再生産ができない時代が目の前に来ているということだ。

地域農業を守り、農村の活性化のために、今こそ行動に移さなければならないのではないかと問題提起をする。

# by a-wakui | 2008-09-27 10:44

「本当の食の安全・安心」   

今回の事故米の転売問題や、食品偽装の問題を通して多くの方から、「ようやく協会の時代がきたね。」と言われる。
協会が何十年も取り組んできた「食の安全・安心」への取り組みを評価して頂き、協会に対しての励ましの言葉として真摯に受け止めている。

今回の事故米の転売問題は、米に人生を懸けてきた私にとっては、本当に情けなく悲しい事件だ。また、安ければ良いとする食品業界全体に対しての警鐘とも考えている。
価格が安いことも大事だが、消費者が本当に求めているのは、安全や安心を度外視してまでもの価格ではなく、安心と安全が確保された上での価格ではないだろうか。

「食の安全・安心」のためのコストをどのように考えるのか。今、日本の国民全員で考える時期がきたのではないか。
そして、本当の「食の安全・安心」の問題とともに、将来、日本人は十分な食を得ることができるか否かということにも気づき、その対応に向かって大きな決断をする時期でもあるのではないか。

# by a-wakui | 2008-09-26 08:39

「協会の取り組み」   

協会は、21年前の創立当初から「食の安全・安心」に取り組み、米ヌカ肥料工場の建設に始まり、残留農薬分析システムの導入や、国際品質規格ISO9001・国際環境規格ISO14001も取得した。

ひと口に「食の安全・安心」と言っても、そう簡単にできるものではなく、生産者会員はもちろんのこと、協会の職員にも徹底して考え方を伝え、日々の業務に実施できるようにしなければならない。

「食の安全・安心」に取り組むことは、1日1日の着実な取り組みの積み重ねである。それも、何年も何十年も続く終わりのない努力を続けていくことではじめて結果が見えてくる。

# by a-wakui | 2008-09-25 07:58

「事故米問題の火の粉」   

今回の事故米の対応のために、日本中の食糧流通にかかわる人達が大変な迷惑を受けた。

連日のように、三笠フーズとの取り引きがあるか否か、原料証明と流通証明はどうなっているか等々について、皆がてんてこ舞いだった。事故米の対応で、農林水産大臣や農林水産事務次官の辞職により幕引きを図っても、その終わりは見えてこない。終わりが見えるどころか、次から次へと新しい事件が発生してくる。

テレビのニュースや新聞記事を見ると、日常的に食にかかわる新しい事件が目につく。今回の事故米の事件により自殺者も出た。

自分が全く関知せず、通常の取り引きで、加工食品造りのための原料の仕入れをしても、今回のように知らず知らずのうちに事件に巻き込まれることがある。

# by a-wakui | 2008-09-24 15:09

「日本の食糧事情の現実」   

今回の事故米転売問題は、世界中から安い食糧品を輸入し、現在の食生活が成り立っている現実を、今こそ反省しなければならいというメッセージなのではないだろうか。
世界的な食糧不足の中で、日本だけが今までのように世界中から安い食糧品を輸入できるという神話は終わりに近づいているのではないか。

先進国の中で、最も食糧自給率が低く、世界一の食糧輸入大国の日本。そして、若者が就農せず、また現在農業従事者は高齢化し、過半数が65歳を超えている。5年後には、さらにその過半数が70歳を超える。それが日本農業の現実である。

10年後の日本人の食糧は誰が生産するのか。日本の中で、日本人のための食糧生産ができなければ、このまま世界中から食糧の輸入を続けなければならなくなるが、自国の人間が食べられなくなるのに、日本に輸出してくれる国があるのだろうか。

どんな毒が入っているのかわからない食糧の輸入を続け、事故が起きてから慌てふためくことを今後も繰り返すのだろうか。

# by a-wakui | 2008-09-23 19:16

「広がり続ける食品偽装」   

事故米の転売で大騒ぎしているうちに、また中国からの輸入品である農薬の混ざった餡を味見し、体を壊すというニュースが報道された。

それと同時期、今度は中国で牛乳に水を混ぜて増量し、たんぱく質含有量を増すために、工業用の薬品を混ぜ、6千人を超える乳児に被害が出たという事件があった。
驚くことに、その牛乳を原料として利用した加工食品が、日本にも大量に輸入され、日本中の量販店に出荷されたという。

一つの事件が終わらないうちに、国内だけではなく世界中で、次々と新しい事件が発生する。今食べているものが本当に安全なのか、体に良いのか悪いのか全くわからない状況に陥っているのではないか。

# by a-wakui | 2008-09-22 17:58

「事故米に対する政府の責任」   

政府から払い下げされた事故米は数百社に転売されながら、いつの間にか普通米に変わったお米もたくさんあるという。

払い下げの時には1キロ当り2円~3円だった事故米が、その後、1キロ当り300円を越す価格になるまで、どんな経過だったのだろうか。
また、その流通に関わった多くの企業は、事故米とは知らずに取り扱ったのだろうか。
ごく一部の人達の間だけで、事故米ということを知りながら、価格の安さを魅力と考え取り扱ったのではないだろうか。

事故米が発覚した時は、農林水産大臣も農林水産事務次官も、あまり重要視した発言はしていなかったが、問題が広がるにつれて放置できなくなり、とうとう大臣も事務次官も辞職することになった。

米が余り、40年間生産調整を続けている中で、義務的な輸入米があり、その輸入米に残留農薬とカビが発見された。残留農薬やカビが発生していたら返品するのが当たり前であり、ようやく、返品する方向で検討を始めたという。毒入りの米でも輸入しなければいけない義務はないのではないだろうか。

# by a-wakui | 2008-09-21 07:49

「輸入米の偽装」   

正月明け早々の中国輸入食品事件から始まり、豚肉、鶏肉、鰻等、次から次へと食品偽装事件が続いた。

北京オリンピックで、食品の偽装問題が落ち着いたと思っていたら、今度は輸入米から発見された残留農薬のお米や、カビの発生したお米が食用に転売されるという大変な事件が起きた。
残留農薬のお米やカビ米は、事故米として処理され、工業用の糊の原料や、また肥料に加工され、食用には回らないことが絶対条件である。

しかし、それらのお米は再精米され、他のお米に混ぜられ、酒用、菓子用、主食用等に利用され、学校給食にも利用されたという。

# by a-wakui | 2008-09-20 16:20

「農業政策への希望」   

日本の農業政策に求めたいのは、ただひとつである。近い将来、農地を耕作する農業者が激減することを前提として、どのようにして農地を集約し、農業生産を維持できるようにするか。
そのために全ての政策を集中させて欲しい。今の農業政策の基本は、生産調整に参加していないと、全ての政策から除外されてしまうことになっている。

規模拡大をするたびに、生産調整の面積が増えてコスト増となり、経営を圧迫するようでは規模拡大をする人はいなくなる。
100ha、200haの経営をするためには、全国に数百haの面積を経営するためには、どのような技術が必要か、どのような経営能力が必要かを研修する必要がある。

大潟村入植の時には、1年間、1.25haの農場で大型トラクターや大型コンバインの利用の研修をした。それは、田舎で1枚10haの農地を耕作してきた人には大きな衝撃だった。また、同じように大型トラクターや大型コンバインの研修も大事な経験になった。
私が望むのは、100ha、200haの経営を、当たり前のようにできることだ。

また、そのような経営に取り組むためには、農家1人ひとりの経済力だけでは難しいと考えられる。そのため国・県の行政等が、経営資金の支援をしていくことが大事なのではないか。
当然のことながら、支援された経営資金は、経営が安定した時には返済をすることを条件とする。
また、JAや行政が積極的に参加しなければ、農地の流動化は進まないだろう。

# by a-wakui | 2008-09-19 17:29

「残された農地」   

どんなに立派な政策でも、当事者がその必要性を感じなかったら、政策を受け入れることはしないのではないか。
今までは確かにその通りだっただろう。

私の身近な話だが、義父が20年ほど前に、「俺は死んでも農業をやめない」と言ったことがある。その義父は交通事故で10年前から寝たきりになり、今年、91歳になる。
日本中の農家の多くは、私の義父と同様に、死んでも農業をやめないという信念を持っているだろう。
しかし現実は、そんな信念は何の役にも立たないことを実感させられる。

日本農業は、近い将来、農業者が急速に離農することを現実のものとして、その将来に備えなければならないのではないか。

農業をやめることは、恥ずかしいことではなく、まして犯罪でもない。大切な農地を荒らしておくことの方が恥ずべきことである。残された少ない農地をどのように活かすか、真剣に考えなければいけない時期が来たのではないか。

# by a-wakui | 2008-09-18 09:18

ブログトップ | ログイン