「集落営農の継続」   

国が進めている集落営農も、大潟村の実験で答えが出ているように、ほとんどの集落営農は壊れる年になるだろう。大潟村との違いは年齢である。大潟村は20歳~45歳までの入植者であるから、共同経営がこわれても個人でやるだけの体力と気力があった。

しかし、集落営農のメンバーのほとんどが65歳を超えているため、5年経つと70歳を超え、体力も気力も少なくなっている。
集落営農を解散しても、個人でやり直すわけにもいかない。また、集落営農を継続するための強力なリーダーが育っていなければ、集落営農を継続することはとても難しくなる。
他の集落営農も、皆同じような悩みを持つ。全国に出来つつある30ha前後の集落営農を誰がどのような形で経営を引き継ぐのか。

今のところ有効な後継者は、公共事業がなくなった地域の建設業者の職員の多くの農業者だ。皆農業技術があり、重機のオペレーターである。
また、農家よりは、法人経営のイロハは知っている。

# by a-wakui | 2008-07-21 10:52

「農地の集約」   

トラクターは田圃を耕耘する道具であり、田植え機は苗を植える道具である。そしてコンバインは稲を刈る道具であり、田圃は稲を育てる道具である。
田圃は稲を育てる道具であるから、所有と利用を分けて考えなければならない。

面積を処理する場合は、農地の集約が絶対条件になるが、小さい田があちこちに離れていては、コストは絶対に下がらない。そうは言ってもそれぞれの言い分があり、農地は集約できないという考えの方が多いことも現実だ。

しかし、5年後も10年後も同じことを言うだろうか。農業者は皆、高齢化し誰も農業をしなくなり、農地も買わなくなる。誰かに頼んで農地を管理してもらう時代が目の前に来ている。

その時のことを考えて、今から準備しておかなければならない。
150haを耕作したければ、300haの計画を立て、500ha耕作したければ1000haの計画を立てる。近いうちに私は10000haを耕作する計画を立てることにしている。

# by a-wakui | 2008-07-20 08:03

「コストダウンの知恵」   

主食といっても、お金を出して購入するものであるから、買う側から見たら価格は安い方が良いに決まっている。そのため、作る側もいくらでも高くというわけにはいかない。
コストを下げ、いくらでも販売単価を下げる努力をしなければならない。しかし、再生産できない価格まで下げる必要はない。なぜなら再生産できないということは、やめるということになるからだ。

現在の日本農業の平均的な耕作面積は1.6haといわれている。高齢化と後継者不足により、近い将来1人で150ha~300ha耕作しなければ、日本の耕作面積に対応できないと言われている。

私は55haの面積を耕作しているが、100haでも200haでも耕作できる。その方が機械コストも大巾に下がる。自分1人で作業をすると、昼の時間しか機械には乗れないが、雇用をすることにより24時間機械を稼動することができる。
24時間動かし、1ヶ月、2ヶ月とフル稼動することができれば、コストは下がる。また、1ヶ月や2ヶ月ではなく、6ヶ月8ヶ月動かすにはどうしたら良いのか。ここに知恵を使うべきだ。

# by a-wakui | 2008-07-19 08:42

「生産基盤の弱体化」   

野菜や果物は、キャベツが白菜に、リンゴが梨に代わっても、また、牛が豚や鶏に、秋刀魚が鰯に、イカがタコに代わっても大きな問題はないが、米の代わりに野菜や果物というわけにはいかない。
日本人にとって、米が不足するということは重大な問題である。それが日本人の主食と言われるゆえんだ。

主食であるお米の生産基盤が弱り崩壊寸前であることを、どれくらい多くの日本人が
知っているのだろうか。
国も政治家も、米だけでなく野菜や果物も皆同じ状況になっていることをもっともっと国民に知らせなければならない。

多くの国民が食糧の生産基盤の弱体化を知った上で、日本の農業のあり方、食糧生産のあり方を考えていかなければ、本当の解決にはつながらないのではないか。

# by a-wakui | 2008-07-18 08:40

「農業政策と農業問題」   

農業を考えることを「農業政策」とか「農業問題」とかいう。農業政策というと、農家のための政策と考えるが、本当にそうだろうか。

農業は食糧を生産する職業であるから、いつまでたっても農業政策は農家のための政策と考えられている。
しかし、本当は「農業政策とは食糧政策であり、農業問題は食糧問題」である。
食糧問題は、食べる国民の問題であり、国の問題でもある。日本の農業の衰退は、国民の食糧の生産力の衰退である。

国は、国の安定のために食糧の安定供給を最優先課題として考えなければならない。
そのために農業政策に力を注いできた。それなのに国民からの支持が低いのはなぜか。それは、農業政策は農家のための政策として考えられ、国民1人ひとりの食糧の確保のための政策だということが伝わっていないからではないか。

農業問題は、国民1人ひとりの食糧問題であり、国の最も大事な政治課題である。

# by a-wakui | 2008-07-17 18:17

「将来の日本の食卓」   

先日、週間文春に食糧問題の記事が出ていた。
その記事の中で、「今の農地面積と食生活を前程にすると、日本国内では3000万人分の食料しか自給できない」とあった。

また、農水省によると国産品だけの「平成27年の食卓」は、
「朝食~米1杯・粉ふき芋1皿・ぬか漬け1皿」
「昼食~焼き芋2本・蒸かし芋1個・リンゴ4分の1」
「夕食~米1杯・焼き芋1本・焼き魚1切れ」
みそ汁は2日に1杯、卵は7日に1個、肉類は9日に1食になるという。戦時中の食事と同じ内容だ。

自給率39%の国は、今まで通りの食事をすれば3000万人しか生きられないし、1億2000万人が生きようとすれば、このような食事になるということだ。

この話は笑い話なのか、夢物語なのか、それとも近い未来の現実なのか。それぞれの方がどのように考えるか。

# by a-wakui | 2008-07-16 16:08

「食糧不足と日本の現実」   

食物は、現在十分に足りている。スーパーの店頭にも、外食店にもドラッグストアにも、米穀店にもどこにでも十分に食物はある。
そして年間1千万トンもの食物を捨てているともいわれている。このような状況の中で、食物が不足する時代が来ると言っても説得力はない。

しかし、それが今年に入ってから、にわかに世界的な食糧不足の問題が多くなってきた。
国連の食糧サミット、日本で開かれた先進国サミットでも、食糧不足問題が議論されるようになり、そして世界中で食糧不足による暴動が起きていることも報道された。

食糧が十分にあるのは日本だけで、世界では食糧不足の時代が始まっていることに、日本人のどれだけの方が、気がついているのだろうか。
食糧があり余っているはずの日本の食糧自給率は39%であり、先進国では最下位だ。これが、世界でもっとも不思議な国、日本の現実である。

# by a-wakui | 2008-07-15 17:53

「共存できる価格」   

米づくりでも7月より肥料の値段が6割ほど上がった。農薬もビニールも、鉄管も油も全て上がった。一俵あたり1000円以上のコスト高になる。
しかしそのコスト上昇分をすぐに米価に反映させるわけにはいかない。米づくり農家も漁業者も悩みは同じだ。
単純に価格が上がれば、消費者にとっては買いにくく、同時に生活を圧迫することになる。

日本では長い間、世界中から安い食物が輸入され、価格が安いのが当り前で、価格の高い国産は不要であるとの風潮があった。反対に、少しでも物が不足したり、安全性に疑問を抱いたりすると、過剰に反応する場合が多いようだ。

国産であるといっても、消費者が購入できない価格ではだめだ。まして、生産者が再生産できない価格でもだめだ。「食物は食べる方がいるから作れる。まして作る方がいるから食べられる」。作る人も食べる人も、お互いに共存できる価格はどこなのだろうか。

# by a-wakui | 2008-07-14 10:09

「原油高の影響」   

日本全国の漁業者が一斉に漁を休業するという。理由は、漁をしても価格が安く、油の値上り分が赤字になるからだ。
漁業者は漁の価格を自分で決めることができず、価格は市場の競りで決まるため、漁に出ても赤字になる。

魚だけでなく、農産物も競りによって価格が決まる。価格の安い輸入品が大量に出回ることにより、輸入品をベースとした農産物で価格体系が決まっているので、日本の農業者も価格が合わず、野菜や果物の栽培をやめるようになった。
そして米も価格が合わないため、多くの農家が米づくりをやめようとしている。

漁業者が1日だけでなく1週間、2週間また1ヶ月間休業したらどうなるのか。世界中から魚が輸入されるのか。それともお店から魚がなくなるのか。その時、魚の価格はいくらになるのだろうか。魚の価格がいくらになれば良いのかわからないが、少なくとも漁に出るための経費がまかなえないようでは話にならない。

そのことは、魚だけではなく、野菜も果物も、そして米も同じことである。

# by a-wakui | 2008-07-13 09:23

「創業理念と経営理念」   

環境の変化は、何年待っても来ないことがあり、また、いつの間にか目の前にきていることもあるから、いつ環境の変化がきても良いようにしておかなければならない。

私は、今日の環境の変化に対応するため、あらためて創業理念と経営理念について考えた。
協会の創業理念と経営理念を磨き続けることができれば、どんな環境の変化にも対応できるのではないか。
それをどのように伝えるかは、広報上のテクニックであるが、創業理念と経営理念がしっかりしていないと、広報上のテクニックだけでは長続きしない。

しっかりとした理念と、その理念を実現するための設備、技術、人材、知識等の経営資源を総動員して、新しい環境に対応していける協会を創らなければならない。

明日から韓国に輸出するための米粉を利用した大福の生産がはじまる。
これも、協会の新しい試みの1歩である。

# by a-wakui | 2008-07-12 07:32

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