「共同利用による経費削減」   

大潟村農業のモデル性を語る上で欠かせないもの、それは大潟村入植者の米の販売努力だろう。

大潟村には、大小合わせて100社を超える米の販売グループがあると言われている。
今は、多くの人が米の販売のために数々の協同を組んでいるが、その人達が農機具の協同利用に取り組んだら、農機具のコストも今の5分の1、10分の1になるのは簡単だ。
そして余った労働力や農機具は、大潟村以外の集落営農の請い耕作に参加したらどうか。
集落営農は5年間補助金が出るようであるが、6年目からは何の補償もない。5年後には、今の構成員は皆70歳を越えて、個人経営には戻れなくなっている。

多くの集落営農をまとめて経営するには、100ha、200haの経営が当たり前のように議論されるようにならなければならない。

# by a-wakui | 2008-04-14 14:30

「集落営農の実態」   

本当に余計なお世話かもしれない。

農家は意外に利口である。農業に取り組んでも、将来に見込みがなければ、農地の価格が下がる前に農地の売却を考える。
また、後継者が勤め人になるように、15haの兼業化が始まっている。

大潟村の農業が、国際競争力のあるモデル農業になるかどうかは別として、日本中で進めようとしている集落営農化事業のモデルになることは間違いない。
大潟村では、協同経営をすることが義務づけられたが、1~2年で全て解消した。きっと、日本中の集落営農が同じ経験をするだろう。
また大潟村では、30haは個人経営の時代になっている。そして将来的には、100haを越える農業団体ができるだろう。今のトラクター・コンバイン・田植機の能力は昔の10倍もあるのに、自作地が狭すぎるからコストが下げられないのだ。

# by a-wakui | 2008-04-13 11:16

「経営の見直し」   

営農開始と同時に減反政策が始まり、大規模機械化農業を夢見て入植した農家も、入植以来40年が経ち、入植一世の平均年齢は70代も半ばを過ぎた。
入植時、21歳で1番若かった私が60歳になったのだから当然だ。
村の様々な集会に参加するメンバーの80%が、後継者の時代になった。
私は、参加者の中では1番の年寄りになってしまった。

入植一世は、減反政策の中で営農に取り組みながら、土地代金という償還金を返すのに一生をかけた。
後継者は土地代の償還金はないが、代わりにトラクター・コンバイン・田植機等の設備投資の償還に追われている。

今の農機具は、入植当初の農機具に比べて能力も価格も何倍にもなっている。
また、入植当初の3倍くらいした米価が、今は1.5倍くらいにまで落ち込んでいる。農業関係者の間では、近い将来、入植当初の米価と同じくらいになるのではと心配されている。
入植当初と違うのは、農機具の設備投資だけではなく、生活関連経費が比べものにならない程高くなっていることだ。

今こそ大潟村の入植者は、設備計画も生活スタイルも見直さなければならないと考えているが、余計なお世話だと言われるかもしれない。

# by a-wakui | 2008-04-12 12:44

「離農しない農村」   

最後の種まき55ha分が、今日終わった。田植えが10日間かかる。その田植えの日程に合わせて種まきをするため、3回に分けて種をまき、間の数日は休日になる。これからは代かきと、砕土と均平に取り組む。

大潟村のモデル性は、今こそ大潟村の農家自身で創造する時代が来たのではないか。20年近く前に、大潟村の干拓に深く関わった農林水産省の職員で、その後秋田県立短期大学の創設に関わった先生が、私に「モデル農村とは離農しない農村を創ることだよ」と教えてくれた。
北海道の開拓のように、多くの開拓農家が離農した経緯から、最初に「離農しなくて良い農村を創らなければ何も始まらない」との考えからだったのだろう。

残念ながら、589人の入植者のうち、既に60人が離農し、これからも100人程が離農するのではないかと言われている。
入植者の経営が行き詰まり、離農するようであれば、モデル農村もモデル農業もあったものではない。

# by a-wakui | 2008-04-11 16:45

「大潟村のモデル性」   

大潟村は、江戸時代から食糧増産の度、様々な角度から干拓が計画されてきた。
そして昭和になり、ようやく食糧不足と農村の第3具体策として、干拓が本格的に考えられるようになった。最終的に干拓が決定した時の計画が、将来の国際化時代を考えて、国際競争力のある農業の創造を目的に干拓が実行された。

そして「モデル農村」「モデル農業」という言葉が、大潟村や大潟村農業を語る時に必ず使われるようになった。
残念ながら、干拓を計画した時は食糧不足の時代である。干拓事業が終了し営農が始まった頃には、米の過剰時代が始まった。そして、それから40年続く米の減反政策が、昭和45年から始まることになる。

減反が始まってからは、大潟村のモデル性は「減反をすること」になった。本来の大潟村のモデル性は、将来の国際化時代に対応する農業をつくることなのだから、生産コストを下げることや、米の多用途利用の開発すること等、モデル性を求めることはもっと他にあったのではないのか。

# by a-wakui | 2008-04-10 10:50

「生産調整と産地づくり交付金」   

平成20年度の生産調整参加者がようやく決定した。生産調整に関わる奨励金が、産地づくり交付金として3年間固定されているため、新しく参加者が増えると既存の参加者に配分される交付金が減ることになる。

本来、交付金は税金のため、交付額は固定されていても、生産調整参加者全員に公平に分配しなければならないことになっている。
大潟村においては、自発的に既存の参加者の交付金が減額されないように、新しく参加する方は互助金によって参加するシステムにした。

残念ながら、その思いが伝わらない方がいるらしく、いつものように反対運動が起きた。自分にとっては1円の損もないのだが、新規の方が参加すると、その方が何か得をされたように感じるらしい。
なぜ農民は、このように小さなことに目くじらを立てて騒ぎ立てるのだろうか。日本農業の将来、日本人の食の将来等々、真剣に考えることがもっと他にあるのではないだろうか。

日本の農業者は、若者の就農不足と高齢化により、急速に生産基盤が維持できなくなり、自給率は今よりもさらに下がることになる。せめて、大潟村の農家くらいはそのことを真剣に考えるようでなければ、大潟村を創った意味がないのではないか。

# by a-wakui | 2008-04-09 15:51

「野菜の取り組みへの準備」   

2回目の種まきが終わり、40ha分が終わった。3月31日と4月1日にまいた種は、もう青々と成長を始め、苗になった。
10日、11日に3回目の種をまき、55ha分全てが終わる。種まき後は砕土・均平・代かきと、5月1日の田植えに向けての農作業が続く。

野菜の取り組みをするためには、産地と生産者の決定、お届けする野菜の各月毎の種類と量や価格の決定、会員皆様への野菜の取り組みのリーフレット作成、インターネットやインフォマートへの登録等の紹介ツールの作成等、様々な準備が必要だ。
以上の全てのことを4月20日頃までに完成させ、会員皆様にご案内し、5月上旬から最初の野菜発送ができるようにする。

さらに、協会が野菜に取り組むに当たっての強み、他社との違いが明確になっていなければならない。そのためには、協会が野菜に取り組むにあたっての理念である、米と同じように「会員の皆様に年間を通しておいしく安全で安心できる野菜をお届けする」ことを再確認し、そのために何をどのようにするのかを整理しなければならない。

# by a-wakui | 2008-04-08 16:07

「安定した野菜の提供」   

野菜に取り組むにあたり、安全でおいしい野菜を1年間お届けするには、どのようにしたらよいか調査をしてみた。

先にも述べたように、大潟村は干拓地のため、安定的な野菜生産はできない。
また秋田県では、6月~10月までは野菜もたくさんあるが、11月~5月までは極端に不足する。

1年間安定してお届けするには、全国の生産者と契約栽培を進めることが必要である。そのための生産者をどのように確保するか。また、一般の消費者が食べる野菜の種類や量は時期別にどのように変化するのか。
同じ野菜とは言っても、1年中必要な定番野菜と、季節感を感じさせる旬の野菜の組み合わせをどうするのか。また、葉物・茎物・根菜のように、日持ちの違う野菜をどのように組み合わせるのか。

野菜のことを考えると、米とは違い、次から次へと様々な取り組みが生まれてくる。

# by a-wakui | 2008-04-07 10:22

「野菜の取り組みへの想い」   

全国的に野菜の通販の先駆者には、大地の会、らでぃっしゅぼーや、オイシックス、パルシステム等の大手がたくさんある。

協会はこの20年間、野菜には目もくれず、米だけに取り組んできた。
今頃始めても先駆者の足元にも及ばないと思うが、そのことはどうでもよい。
協会の会員の皆様に、米と同じように「安全でおいしい」野菜をお届けできるようになればよい。そのことだけ考えて取り組んで行ければ、新しい道が拓けるかもしれない。

農作業には、物事を考える時間がたくさんある。
トラクターに乗ると、1日何時間も田圃の中を行ったり来たりする。見えるのは大空と田圃、そして周りの景色だけである。
誰も話し掛けてこず、話し相手もいない。朝から晩まで色々なことを考える。

過去を振り返っても何も解決せず、何も戻ってこない。
私は常に未来を考えることにしている。そこには、成功も失敗もなく、可能性だけがある。
長い1日の作業が終わる頃には、かなり大きな事業も形になってくる。

今日は2日目の種まきの始まりである。
他の農家の人達はようやく本格的に動き出したようである。

# by a-wakui | 2008-04-06 13:28

「下手の考え休むに似たり」   

協会が野菜に取り組むには、どこの産地のどのような生産者と取り組むのか。またその場合、野菜の品種や栽培方法はどのようにするのかを考えた。

大潟村は干拓地であり、米作りには適しているが野菜作りは適していない。大潟村では米作りに徹底し、野菜作りは大潟村の外を中心に考えることにする。
また、季節的に秋田県は冬場の野菜が取れない所である。その場合はどうするのか等、難問は山程あるが、それぞれの問題は歩きながら解決することにした。
協会創立以来、いつもそうしてきた。

「下手の考え休むに似たり」である。

あまり考えすぎると、できない答えばかり出てくる。
頭の良い人がなかなか新しいことに取り組めないのは、先の先まで考えすぎて、悪い結果ばかり予測してしまうからである。

程々に考えて、少しでも可能性があったら前に進んだら良い、悪かったら中止すれば良いだけだ。間違ったと思ったらやり直せば良い、失敗したら良い経験をしたと思って同じ失敗をしなければ良い。

# by a-wakui | 2008-04-05 14:58

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