「食品の偽装問題」   

昨年は様々な食品メーカーの表示偽装問題が起きた。驚くのは、日本を代表する食品メーカーの表示偽装というよりも、食品詐欺と言う方が正しい事件の数々だ。
協会でもそのような事件が発生するたび、社内体制を確認し、食品表示の適性化をすすめてきた。

食品表示の偽装問題については、メーカーの不可抗力のミスは少なく、明らかに偽装を意識した事件ばかりだった。
思いおこせば、食品の偽装問題は平成14年に日本を代表する食品メーカーの事件の発覚から起きた。

あれから6年になるのに、日本の食品メーカーは、6年前のままだった。その理由は、経営者の理念の問題に尽きると思う。

# by a-wakui | 2008-03-21 17:09

「食の安全の数値化」   

残留農薬分析システム取得は、平成7年に取り組んだ。当時は安全なお米ということは、生産者が農薬を減らして栽培したお米だから安全だという表現を多くの農家が使用していた。

私は安全なお米というのは、消費者側から見て、自分の食べるお米が安全であるか否か、そのことが数値で証明でき、確認できることが大事なのではと考えた。
そのことが実証できるのが、残留農薬分析システムを導入し、自分で残留農薬を測定することと考え、導入することにした。私達が残留農薬分析システムを導入して14年、世の中は、食の安全は消費者から見て、安全を数値で証明できることが当たり前の時代になった。

特に、中国の農薬入り輸入冷凍餃子の事件が起きて、ますます食の安全にかかわる数値化は強くなってきた。

# by a-wakui | 2008-03-20 14:33

「協会が取り組んできたこと」   

協会も今年で創立21年になる。昨年の20周年を節目として、第二創業出発の年と位置づけ、様々な経営改善に取り組んでいる。

21年前の創業時は、おいしいあきたこまちを栽培し、そのあきたこまちを白米にしてお届けすることだけに無我夢中だった。
そして21年の間に、無洗米・発芽玄米・栄養機能食品・冷凍食品・醸造酢・アレルギー対応食品・委託加工品等々様々な商品の製造に取り組んでいる。
また残留農薬分析・カドミウム分析・DNA分析・アレルギー分析・細菌分析・ビタミン分析・ミネラル分析にも取り組んでいる。
そして国際品質規格ISO14001・国際環境規格ISO9001の取得にも取り組んだ。
また、化学肥料を減らす為に、米ヌカ発酵肥料製造のための工場の建設にも取り組んだ。

なぜこのようなことに取り組んだかと言うと、安全でおいしいお米を作りたい、安全でおいしいお米をお届けしたい。それを実行するために、21年間取り組んだ結果であった。

# by a-wakui | 2008-03-19 17:41

「方向性の変化」   

農業政策も5年から10年の間に変化をしている。それは社会の変化により、政策も変化させていかなければならないからだ。
同じように、農家個々の経営も長い間に徐々に変化していく。
そのために、農家の経営も5年から10年の間に経営内容を点検し、時には大巾に経営の方向性を変える事も必要になる。

私は協会を創立して21年経つが、3年おきくらいに経営の内容を大巾に変化させている。そのために様々な設備投資もかかるが、そのことが10年後、20年後の協会の経営にとって必要なことではと考えてきた。

私は協会の生産者会員に対しても、3年に1度くらいは大きな決断を求めてきた。それが生産者会員の皆様にとって良いことだと考えたからだ。
今回の生産調整に参加する呼びかけもそのためだ。

# by a-wakui | 2008-03-18 13:17

「生産調整に対する意識の脱皮」   

大潟村が、これからの日本農業のモデルとして、再び生まれ変わるためには、参加しなければならない生産調整から、活用する生産調整に意識の脱皮を計らなければならない。そのためには、20年度の生産調整に対応する方法が大事になる。

私は生産調整の参加は反対ではなく、強制する事には反対の立場である。反対に、生産調整を活用して自分の農業経営に活かすことは、大賛成である。

おそらく、農業政策にかかわる国の誰もが、私の考え方に賛成ではないだろうか。
もともとが生産調整とはそういう政策である。私は協会の生産者会員に、そのように説明をしているし、今年もそのように説明し、できるだけ多くの方が生産調整に参加するようにすすめている。

# by a-wakui | 2008-03-17 10:59

「自由の不自由」   

生産調整は、米の収入減を補填するために奨励金が交付されるが、今は奨励金の額によって生産調整の参加の是否を論じるのではなく、今まで40年続けてきたのだから、自分はこのまま行くしかないのだという。一種の悲壮感に似たものである。

本当にそうなのだろうか。生産調整をすすめてきた国も、将来のことを考えると生産調整の参加を自由にしたのだから、自由にすれば良いのではないか。
私はそう思うが、今まで40年間参加してきた人は、今さら自由だと言われても、その自由をどのようにしたら良いのか考えにくいのかもしれない。

生産調整の40年間の歴史は、人間の心に見えない鎖をつないでいるのかもしれない。

# by a-wakui | 2008-03-16 14:23

「40年も続くと・・・」   

大潟村でも20年度の生産調整参加の有無の最終調整の段階にきている。
生産調整の参加の是否は個人の自由なのだから、他人の参加の是否はどうでも良く、自分のことばかりを考えていれば良いようなものだが、生産調整も始まってから40年も経つ。私が21歳の時から始まり、今年で60歳になるのですでに40年である。

どんな政策でも40年も経つと、参加の是否はもはや信迎心のようなものである。そのため、生産調整に参加する人としない人は、決して相入れないものがある。
それは、江戸時代から続いている村意識を利用して生産調整をすすめてきた結果である。
その意識は親から子に引き継ぎ、子から孫にも引き継がれていくに違いない。

大潟村においては、その意識が他のどの地域よりも強いかもしれない。それは、米の専業農家の集まりであるからなおさらかもしれない。

# by a-wakui | 2008-03-15 12:13

「変化のサイン」   

経営は変化に対応することだと言われる。
大潟村の入植者は、40年前に全国から大潟村に入植したように、他の人にはできない大きな変化に対応してきた。
そして、39年続く生産調整に対応しながら今日まで来た。39年間続いた生産調整も今大きく変化し、新しい農業の方向性を示そうとしている。

世の中の変化と同じように、農業の方向性が変化する時には「これから曲がります」とはアナウンスしてはくれない。変化の兆しは、様々な所にあらわれている。その兆しに気がつくか否かは、農業者個々次第であり、気づいたら、そのための準備を始めることが必要だ。
国は農業政策において、明らかに変化の方向性のサインを送ってきている。
国がサインを送ってきているのに、農業者や農協の関係者の多くが、そのサインを見ないふりや気がつかないふりをしているのか、本当に見えないのか、そのことが心配だ。

大潟村は専業農家の村として、石炭の夕張市にならないように、今こそ大胆な政策をたてる時が来たのではないだろうか。

# by a-wakui | 2008-03-14 17:08

「機械は進化」   

兼業農家の場合は、農業政策そのものより、兼業先の会社の経営の状況が直接農業収入に響くが、大潟村のような専業農家は農業政策が直接農家収入に響く。
私は大潟村の農家を専業農家として位置づけ、そこから日本の専業農家政策はいかにあるべきかとの考え方を述べている。

特に、19年度から始まる集落営農方法では、30ヘクタールから50ヘクタール規模の農
業法人を全国に創ろうとしているが、大潟村で専業農家経営が成り立たない場合は、全国の集落営農も成り立たない可能性が高いのではと考えている。
そのため、大潟村の農業経営のあり方を通して、日本農業の将来の方向性を試行錯誤している。

大潟村は15ヘクタールの水田があったから入植以来40年近く経営することができた。
40年前の米価は1俵8千円だった。それが2万円になり3万円になり、そして1万4千円~1万5千円になり、将来は1万円米価の時代になるのではないかと言われている。

40年前には携帯電話はなく、車は各家1台、テレビも1台だった。今は家族のほとんどが携帯電話を持ち、車も各家に3台以上、テレビも各自の部屋にある。
また、トラクターは40馬力が140馬力に、田植機は、手歩行用の4条植えから乗用の10条植えに、コンバインは4条刈りが6条刈りになったのに、面積は同じ15ヘクタールのままだ。それではどんなに計算しても、経営が苦しくなるのは当り前だ。

# by a-wakui | 2008-03-13 16:12

「農業の実態」   

私の発言に対して早速各方届から様々な批評を頂くことになった。
私が協会創立以来20年間にわたり、私の一挙手一投足の行動や発言に対して、実に様々な批評を頂いている。それも私と一面識のない方々より沢山の批評を頂く。

私の頭の中には、日本農業が高齢化と若者の就農不足により崩壊のカウントダウンに入っていることをどうやって避けたら良いのか。そのためには日本の兼業農家はどのような経営を創造したら良いのか。1日24時間、そして21年間寝ても覚めてもそのことを考え続けている。

農業にかかわる全ての農協の関係者、そして行政の担当者、そして政治家の皆様は、今こそ日本の農業の実態を農家にそして国民にも正しく伝え、日本がとるべき農業の方向性を示す時が来たのではないだろうか。

農業の実態がどうなるのか、これからどうしなければならないのか。農水省の役人は皆知っている。ただ、そのことを話す場が無いことと、理解しようとする人達が余りにも少ないことだ。そのことは、日本の農業というよりも、日本人の食糧政策の崩壊にもつながることではないだろうか。

# by a-wakui | 2008-03-12 16:39

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